不動産賃貸借におけるトラブルへの対応実務 -原状回復・建物改築時の明渡し・トラブルについて- vol. 4(退去・明渡し請求)

■設例

建物(昭和40年代建築)のオーナーA社は、テナントCに事務所の用途でワンフロアを賃貸していたところ、同建物は、耐震診断の結果、耐震強度は新耐震の基準をおよそ満たしていないことが判明したので、この機会に新耐震基準を満たすビルに改築する計画を立てて、Cとの契約を終了させる交渉をした。

(2)改築のための退去・明渡し請求
Cとの交渉はうまくいかず、Cは、「A社の解約申入れは認められないので、明け渡さない。」と主張している。
ア. Cは、A社に対し、賃貸人の修繕義務の履行として建物の耐震改修をすべきであったと主張し、賃貸人の義務違反であると主張している。この主張は認められるか。
イ. Cは、A社の解約申し入れを受けて、賃借フロアの退去・明渡しをする義務があるか。

▼前回までの記事はこちら▼

>> 不動産賃貸借におけるトラブルへの対応実務 -原状回復・建物改築時の明渡し・トラブルについて- vol. 1(現状回復費用)
>> 不動産賃貸借におけるトラブルへの対応実務 -原状回復・建物改築時の明渡し・トラブルについて- vol. 2(現状回復費用)
>> 不動産賃貸借におけるトラブルへの対応実務 -原状回復・建物改築時の明渡し・トラブルについて- vol. 3(現状回復費用)



■解説

1. 賃貸人は旧耐震建物のテナントに対して耐震改修する義務があるか?

〇東京地裁平成22年7月30日判決など
旧耐震建物の賃貸借契約では、耐震性能について建築当時に予定された性能が契約内容なので、それを超えた範囲まで賃貸人の義務はなく、耐震改修の修繕義務はない。


2. 賃貸人が契約を終了させる方法

まず解約申し入れなどの契約終了行為をしないと、正当事由も立退料もない。

● 期間の定めのある契約の場合
 → 更新拒絶する(期間満了前6か月ないし1年の間に、ただし正当事由)
● 期間の定めのある契約で中途解約の約定ある場合
 → 解約申入れする(約定期間経過後終了、ただし正当事由)
● 期間の定めのない契約の場合
 → 解約申入れする(6か月後に終了、ただし正当事由)

契約終了行為をしても、正当事由がないと契約終了とはならない。


<正当事由とは何か?>
賃貸人がテナントに対して退去、明渡しを請求することを正当化できる諸事情

① 両者の自己使用の必要性の比較。 家主と借家人で夫々どれだけその建物を自分で使用する必要性があるかという比較をして、賃貸人の必要性が賃借人のそれに劣らず高いこと。
② 賃貸借契約の経緯。 たとえば、建物は、いついつ土地有効利用のために取り壊す予定だからということを賃借人に告げてあった等の事情。
③ 建物の利用状況など。 たとえば、建物が旧耐震建物だったり、老朽化していたりして、建て替えを要するとか、商業地域で土地の有効利用が期待されているとか、具体的な改築計画を立てており、既にテナントたちとの交渉が進んでいるなどの事情
④ 最後に立退料の提供で補完される。 立退料は、正当事由において二次的な補完要素 旧耐震建物で耐震強度が不十分で不安だというだけでは、「正当事由」にはならない。
立退料を用意したからといっても、それだけでは「正当事由」は認められない。従って当然にはCの明け渡し義務はありません。

3. 賃借人が退去、明渡しすべき場合 主として正当事由が認められる場合

[1] 正当事由の肯定例

〇東京地裁平成28年3月18日判決
昭和49年築鉄筋コンクリート11階建て / 2階部分の賃貸借 / テナントは日用雑貨の販売業者 / 20年間使用 / 建物は、東京都条例による緊急輸送道路沿道建築物に該当 / 現行の構造耐震指標を大きく下回るとの指摘

⇒ 賃借人の営業する建物にかかる店舗は長年の営業により地元に根付き、賃借人が使用する必要性は高い。他方、本件建物は耐震性に問題があり賃貸人としてそのまま放置することは問題であり、かつ補強工事を施しても一時的な安全が保持されるに留まり耐震性は解決されず、また2億4千万円もの費用のかかる補強工事を実施することにも合理性はなく現実的でなく、建替えが必要。あとは立退料で正当事由が補完される。立退料3000万円


〇東京地裁平成25年1月25日判決
築40年の3階建て建物 / 1階フロアの賃貸借 / テナントは歯科医 / 耐震性に問題があり、壁面にクラック、取り壊してマンション建築の具体的計画があったケース

⇒ 貸主は、取り壊してマンション建築する具体的計画を進めており、周辺環境や用途規制からしても合理的で、建替えをせず単に耐震補強をしても相当のコストを要し経済的に合理的とは言い難く、あとは立退料で正当事由が補完される。
立退き料としては、動産など移転補償、歯科医の機材など工作物補償、営業休止補償などで合計6000万円


〇東京地裁平成24年8月27日判決
築50年の5階建てビルの賃貸 / 剥離、劣化、震災によるひび割れ、震度5以上で中破の危険が指摘されているビル

⇒ 賃貸人は、建物の取り壊しを計画し、周辺土地と一体の再開発を進めていること、耐震補強のコストは、再調達価格に匹敵するので、賃貸人として建替えを選択するのは合理性があること、テナントも代替場所への移転は可能であること
あとは立退料として、借家権価格、移転等の費用、営業休止費用の合計769万円をもって、正当事由が認められる。


〇東京地裁平成20年7月18日判決
昭和29年建築・分譲のマンションの1室 / 平成18年に建替え決議あり。

◆平成11年の賃貸借契約の特約

「本マンションの老朽化に伴い、その新築が決定し、取り壊し日が確定した場合、賃借人は、本件貸室を賃貸人に引き渡すものとする。」

⇒ 賃貸建物を含むマンションの老朽化と耐震性の不安から建替えるのが相当な状況にあり、賃借人との特約条項にも、建て替えが決定し取り壊しが確定したら、契約は終了する旨が定められていたから、賃借人としては、その場合に契約が終了することは予期しえたもの。立退き料については、立退きは賃借人において予期しえたことであり、これまで比較的低廉な賃料で増額されずに来た経緯から、賃借人の利益の喪失に対して立退き料で補填する理由はなし。


〇東京地裁平成16年3月2日判決
昭和46年木造2階建て建物を賃貸、理容と居住 / 平成10年修繕トラブル / 賃貸人の解約申入れ

⇒ 本件建物は関東大震災級の地震が来れば直ちに倒壊する老朽化した建物、30年以上賃貸に供し経済的効用を全うした。耐震補強に雨漏修繕を要するので、これは建替えに近く、賃貸人の解約、明け渡し請求には理由あり。

立退き料として、テナントの生活費2年分と引っ越し費用合計432万

[2] 正当事由の否定例

特に、テナントに明渡しさせ建替えする目的での物件取得は、自己使用の必要性を否定される場合がある!

〇東京地裁平成27年2月5日判決
昭和10年築の木造建物 / テナントは居住 / 昭和49年賃借、更新、平成24年不動産業者が購入して翌25年にテナントに解約申入れした

⇒ 建物は建築後80年近く経過しているが地震により倒壊する現実的な危険性はない。賃借人の居住は生活の基盤。解約申入れ書には建物新築計画の記載などなし。そもそも賃貸人が所有権を取得するや解約申入れしたことは、賃借人を退去させるために建物を取得したもので、賃借人の居住の利益への配慮が足らず、自己使用の必要性も認められない。 → 正当事由なし。


〇東京地裁平成25年12月24日判決
テナント / レストラン経営 / 賃貸借の1年後にオーナーチェンジ、40年間の数回の合意更新後に更新拒絶

⇒ 自己使用の必要性の比較  賃貸人は、耐震性能の問題から取り壊して駐車場利用すると主張するが、具体的な計画は提出がないし、取壊し・敷地利用の差し迫った自己使用の必要性が認められない。他方、賃借人は、他の場所で現在のレストランと同等の集客能力を備えた料理店の開設は困難で、損失が見込まれ、生活にも支障。耐震性能についても、取り壊しが不可避と認めることは困難。
→ 賃貸人には本件建物を使用する積極的な事情が認められないが、賃借人には本件店舗の使用を必要とする切実な事情がある。→ 正当事由なし。


〇東京地裁平成25年2月25日判決
昭和56年築の地上9階建てビル / 平成6年 / 地下1階部分を店舗(焼鳥屋)として賃貸借 / 平成18年新オーナーが取得、翌平成19年に更新拒絶の上明渡し請求

⇒ 耐震性能は不十分だが、取り壊し・建て替えの必要性まではない。むしろ、賃貸人は、本件建物を比較的低廉な価格で取得し賃借人に立退きを迫るもの → 正当事由なし。


〇東京地裁平成24年9月27日判決
昭和44年築の地上4階建ビル / 平成12年賃借、居酒屋店舗 / しかし、平成18年に新賃貸人が譲受し平成20年に取壊し・新築のためにテナントに更新拒絶

⇒ 耐震補強によって耐震性能は十分確保できその経済合理性もあるので、取り壊し新築の必要性はない。テナントの建物の利用状況も建て替えがないことを前提に利用しているし、賃貸人は、ビル取得の際にそのことを知りながら何らテナントと明渡し条件などの事前交渉をしていない。テナントも、建物を明け渡せば7億円超の営業利益の損失を被る(賃貸人の2億円の提示では到底不足する)→ 正当事由なし。


4. 定期借家契約への切り替えについて

[1] 普通借家契約を合意解約して定期借家契約への切り替えをすることの有効性

● 事業用賃貸借の場合は可能
● 居住用賃貸借の場合
 平成12年3月1日(改正法の施行日)より前に締結の借家契約は、定期借家契約への切り替えは不可。それ以降に締結の普通借家契約であれば、定期借家契約への切り替えは可能


[2] 切り替え時に将来の改築建物の賃貸を示唆するときは、「確約」は要注意、優先交渉権を与える程度に。



▼前回までの記事の続きはこちら▼

>> 不動産賃貸借におけるトラブルへの対応実務 -原状回復・建物改築時の明渡し・トラブルについて- vol. 1(現状回復費用)
>> 不動産賃貸借におけるトラブルへの対応実務 -原状回復・建物改築時の明渡し・トラブルについて- vol. 2(現状回復費用)
>> 不動産賃貸借におけるトラブルへの対応実務 -原状回復・建物改築時の明渡し・トラブルについて- vol. 3(現状回復費用)

SNSでもご購読できます。

人気の記事