不動産賃貸借におけるトラブルへの対応実務 -原状回復・建物改築時の明渡し・トラブルについて- vol. 3(現状回復費用)

■設例

建物(昭和40年代建築)のオーナーA社は、テナントBとCに事務所の用途でワンフロアを賃貸していたところ、同建物は、耐震診断の結果、耐震強度は新耐震の基準をおよそ満たしていないことが判明したので、この機会に新耐震基準を満たすビルに改築する計画を立てて、B、Cとの各契約を終了させる交渉をした。

(1)現状回復費用
Bは、A社からの賃貸借契約の解約申入れに異議を唱えることなく、賃借フロアの鍵を全て返還し、A社はこれを受け取った。
賃貸借契約書の原状回復条項としては、『原状回復工事は、床タイルカーペット貼替え、壁クロス貼替え、天井クロス貼替え、及び室内全体クリーニング仕上げ等の工事を基本として、賃借人の負担とする。』

『賃借人が本契約終了日までに原状回復を行わないときは、賃貸人は自ら原状回復措置をとることができ、その費用を賃借人に請求することができる。』との定めがあった。

しかし、Bは、原状回復をしなかったので、A社は、やむなく自分で原状回復工事を行い、その費用を敷金から差し引いたうえで残額の敷金の返還をした。これに対し、Bは、「A社の原状回復費用は経年劣化又は通常損耗分を含んでいるが、自分はそうした部分の負担をする義務はない。」と述べ、A社に対して、不足分の敷金の返還請求の訴訟を提起してきた。

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>> 不動産賃貸借におけるトラブルへの対応実務 -原状回復・建物改築時の明渡し・トラブルについて- vol. 1(現状回復費用)
>> 不動産賃貸借におけるトラブルへの対応実務 -原状回復・建物改築時の明渡し・トラブルについて- vol. 2(現状回復費用)



■解説

4. 賃借人が通常損耗についても原状回復義務を負担する合意は成立しているとして、その合意は有効か

個人への居住用賃貸の場合は、具体的・明確でも無効となるおそれあり。

◆消費者契約法第10条

「民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。」

消費者である賃借人が締結した賃貸借契約=消費者契約で、賃借人が通常損耗についても原状回復義務を負担する条項は、①賃借人である消費者の義務を加重するもので、②信義則に反して賃借人=消費者の利益を一方的に害するものと評価されれば、無効となる。

賃借人が負担する通常損耗についての原状回復費用額が、賃料や礼金その他との関係で過大かどうか

(参考判例)
〇名古屋高裁平成26年8月7日判決
<有料老人ホームの入居契約>
退去時の原状回復義務の定めが、入居者に対し、通常損耗についても原状回復義務を負わせるものであれば、それは民法上の賃貸借契約の終了に伴う原状回復義務を超える義務を負担させるものとなり、信義則に違反するものとして、消費者契約法第10条により無効となる。 (本件は、特に費用を要する損耗ではないと認定。)

〇東京地裁平成28年10月25日判決
賃借人=自宅兼司法書士事務所として利用
通常損耗による費用を賃借人に負担させる特約あり

⇒ 本件賃貸借契約は、居住目的にとどまらず司法書士事務所として事業目的を併有していたから、賃借人は消費者契約法上の「消費者」ではなく、同法の適用はなく、特約は無効とならない。

〇東京地裁平成29年10月23日判決
賃借人=アパートの1室を賃借した個人

1) 契約における特約として、「賃借人は、本件契約の終了後、退去時において、室内のクリーニング費用及びエアコンのクリーニング費用を負担する」との定めが有り、契約締結時に仲介業者から、その旨記載ある説明書をもって説明され交付を受け署名押印している。 → 賃借人は、特約を明確に合意している

2) 消費者契約法第10条の適用については、これらクリーニング費用の額が標準的な金額の範囲内にとどまる限り、これに違反して無効というべき事情は認められない。

〇最高裁平成23年3月24日第一小法廷判決
賃貸借契約における敷引特約の有効性
敷引特約は、敷金から一定の額を控除し賃貸人が取得する特約で、通常損耗などの補修費用を賃借人に負担させる趣旨を含む。

→ 賃借人である消費者の義務を加重するもの
しかし、信義則に反して賃借人=消費者の利益を一方的に害するとは一概には言えず、通常損耗の補修費用として想定される額、賃料額、礼金などの一時金の額に照らして敷引額が高額に過ぎる場合に、賃借人=消費者の利益を一方的に害する=消費者契約法第10条により無効となる。
具体的には、敷引額が、月額賃料の3.5倍程度では、まだこれに当たらない。


5. 物件の明渡し義務の完了と言えるには、原状回復義務の履行まで要するか

原状回復が未了=明渡しが未了とされ、使用損害金が発生する、と考えた方がよい

(ア. 否定的判例)
○東京地裁平成25年3月28日判決

◆契約条項

「本件賃貸借契約が終了する際は、・・残置物の撤去、貸室内の天井、壁、床の毀損・消耗及び貸室・造作・諸設備等の借主の特別な使用方法に伴う変更・毀損・損耗を修復し、貸室を原状に回復し、貸主に明け渡す」

⇒ 明渡し義務の履行には原状回復の完了を要するとすれば、賃貸人が残置物の処分や原状回復工事の時期を自由に変えることができ、それにより賃貸人の意思のみで原状回復の完了の時期→明渡しの完了の時期→賃料の倍額の損害金の発生期間を左右できることになり、相当ではない。→ 明渡しは、原状回復が未了でも、占有が賃貸人に移転された時点で完了している。

(イ. 肯定的判例)
○東京地裁平成20年3月10日判決

◆契約条項

「賃借人は、賃貸人の承諾を得て修理、改造、模様替えなどをした箇所については、賃借人の負担で原状に回復した上で賃貸人に明け渡す。」

⇒ 賃借人が負担すべき原状回復工事については、これを実施した後に賃貸人に本件建物を明け渡す趣旨の契約である。→ 賃借人は、原状回復工事を完了して本件建物を引き渡すまでは、本件建物の明渡があったとはいえない。

○東京地裁平成28年9月26日判決
賃貸人=不動産会社、賃借人=ネット通販会社
賃借人は、原状回復工事を一切行わず、鍵を返却して退去

⇒ 賃借人が内装工事等により賃貸物件の原状を変更した場合は、明渡し前に賃借人において原状回復を完了する義務を負うことは明らかである。→ 賃借人が鍵を返却していても、これにより明け渡しが完了したとは言えない。→ 明け渡しまで賃料の倍額の約定損害金を支払うべき

○東京地裁平成28年4月28日判決
賃貸人=不動産会社、賃借人=遊技場経営の会社

◆契約条項

「賃借人は、本件契約の終了日までに本件建物内に設置した造作、間仕切り、建具、内装、什器備品等一切を撤去した上で、原則としてスケルトン状態にして本件建物を明け渡さなければならない。」

賃借人は、建物内に設置したエスカレーターの復旧工事(賃借人の維持管理、修繕義務に属した)を完了しないまま、鍵を返却したケース

⇒ 賃借人が原状回復工事を完了した上で明渡すべきことを合意した特約はないから、賃借人がスケルトン工事を完了して鍵を返却した以上、明け渡したものと認められる。ただし、エスカレーターの復旧工事未了では本件建物が使用できないので、原状回復義務の不履行として、建物の賃料相当損害金を支払うべき

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