相続は突然に

父が亡くなった1カ月後に、予期せぬ事態が発生

「えっ、キャッシュカードが使えない!」

父が亡くなり1カ月が過ぎたある日、入院費やお葬式代などの支払いのためにメインバンクのATMに行ったときのこと、「お取引出来ません」という文字が・・・。

何度やっても同じでした。早速窓口に行ってみると、

「お父様、先月お亡くなりになられましたよね。お引き出しになるには、相続人の全員の戸籍謄本、住民票、お父様の出生からの戸籍、それと・・・」

「それと?」

「それと、相続人さんの遺産分割協議書を提出してください」

「はい?なんですか?それ」

それにつけても、病院にも葬儀社にも、諸々かかった費用はあと数日で払わなければなりません。

何十年も取引があった銀行なので直談判してみましたが、どう頼んでもにっちもさっちもいきません。しかたなく、あちこちのわたしの貯金を掻き集め、お支払いしました。

さらにそれからまもなく電気代、ガス代、水道代、固定資産税、保険代、母の介護費や入院費、と毎日毎日、次から次へと「お引き落としできませんでした」という「至急」赤マークの請求書がやって来ました。

毎日ポストを見るのが怖くなり、それはまるで借金取りに追われている、そんな気分でした。そればかりでなく「口座凍結」とは、父の物件の入居者さんからの家賃振り込みも受け付けできなくなっていたのです。そのため、父が亡くなった悲しみに浸っている場合ではありませんでした。

残された家族に降りかかった予期せぬ真実

そんなある日、突然電話が鳴りました。それは父の 知人の弁護士さんからでした。
「橋本さん、お父さんのことでおはなしがあるからすぐ来てくださいませんかね」
「えっ、わたしにですか?」
いったい何だろうかと思いつつ、急いで車を走らせました。

「実はお父さんから預かっていてね」
「えっ、何をですか?」
すると先生はじっとわたしの目を見つめて言いました。

「遺言状だよ」
「えっ、ゆ、遺言状?」
「ちょっと待ってね」

先生は奥から冊子を持ってきました。
「これだよ。これはね、公正証書遺言」
「公正証書遺言?なんですか、それ・・・」
「生前にね、後に残ったあなたが苦労しないように公証役場で作ったんだよ」

実際の遺言公正証書

『公正証書遺言』とは公証人が遺言の法的有効性をチェックし、公証役場に保管するものをいいます。父は生前、弁護士さん立ち会いの下に作成していたのです。
しかしながらこの遺言の存在こそ、わたしを10カ月もの間、夜も眠れず、食べ物も喉を通らないほどの鬱の穴に落とし込めることになろうとは、その時父は知るよしもなかったに違いありません。

わたしの家の相続人は母、亡くなった兄の子と私の3人。
母は配偶者控除の対象ですから、父の財産は半分まで課税されません。
そしてこのとおりに相続すれば、わたしの負担は4分の1で済みます。

父は生前、何を思ってこの遺言を作ったのでしょうか。
その遺言の中身を恐る恐る開いてみると、父の持っている不動産すべてが事細かに記載してありました。
そして全財産をたった一人に相続させるというものでした。
いったい誰かと思えば、それは、母でもなく、兄の子でもなく、紛れもなくわたし一人だったのです。

父の気持ちはとてもうれしかったのですが、預貯金では到底まかなえず、この通りにしたら、相続税全てをわたし一人が払わなくてはなりません。
これはこの上ない人生最大の「ありがた迷惑」にほかなりませんでした。
「あのー、先生・・・」

「見なかったことにしてください!」
わたしは、この事実を受け入れることに躊躇してしまったのです。

すると先生は言いました。
「橋本さん、お父さんはあなたにお母さんを守ってほしいんだよ。相続税を払うために家を処分することになりかねないからね」
たしかに高齢になり自分の家を離れるようになれば、母は悲しむに違いありません。
「でも先生、配偶者控除を受ければ、残り半分を二人で払えばよいのですよね」
すると先生はこう言いました。
「橋本さん、税理士に聞きました?二次相続のこと」
「二次相続ですか。いえ、何にも」
「一度、行って聞いてみなさい」
翌週早速、父の40年来お願いしていた税理士さんに会いに行きました。

税理士さんは言いました。
「じゃ、相続税はうちが引き受けさせていただくことでよろしいでしょうか」
「はい、もちろんです」
と答えましたが、二次相続の話は一言もありませんでした。
この時わたしにある疑問が湧き上がってきたのです。
この40年間、相続に関する何らかのアドバイスがあれば、この額はだいぶ減っていたのではないかと。

そして税理士さんへの信頼は、ガタガタと岩山が砕かれるように崩れていったのです。
弁護士さんが言いたかった二次相続とは、父が亡くなったときに相続税が4分の1でも、母が亡くなったらまた相続税がかかります。
そして相続税法改正で基礎控除額も3,000万円+(一人600万円×相続人の数)になったのです。それは母が亡くなれば、一次相続の総額より、さらに数千万円、余分に払う結果になります。
つまりわたしの取る道は一つ、相続税をわたし一人で引き受ける以外はありませんでした。

それはどう転んでも到底払える額ではなく、預貯金、保険解約、母の老後にとっておいた資金では足りず、最終的にはいくつかの銀行を回り、10カ月後、相続税申告の期限ギリギリにやっと払うことができました。

わたしが人間不信や鬱に陥った要因は、税理士もそうですが、不動産業者や不動産コンサルタントと名乗る人々が次々と毎日やってきては、あっちの物件、こっちの物件を最初は褒め上げて、納税期限近くなっていきなり、相場の3分の1、あるいはバナナのたたき売りのようにさらって行こうとすることです。
ですから、わたしはこれだけは意地でも避けたかったのです。

あれから2年がたちます。
今わたしは収益物件を徐々に増やしていき、今度はわたしが死んだときの納税資金をため、大切な家族のために相続対策を日々心に留めて賃貸経営しています。

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