相続税は、相続開始時点の被相続人(お亡くなりになった方)の所有している財産に課税されます。預貯金であれば、「相続開始日現在の残高」により財産額を認識することとなります。それでは、お亡くなりになる直前に預金を引き出してしまっていたらどうなるでしょうか?
税務調査で指摘を受けた事例
田中さん(仮名)は入院中のお父さんの容体が良くないことをお医者様から知らされました。お父さんが亡くなると、銀行口座が凍結されて1円も引き出せなくなると知人から聞いたので、葬儀代等に備えるため、お父さんの口座から500万円引き出しました。その後お父さんの相続が発生し、相続税の申告を行ったところ、後日、税務調査が入り、相続開始前の引き出しにつき指摘を受けてしまいました。
相続開始直前に引き出したお金は預金残高からは除外されますが、相続開始時点でまだ使用していない分については「現金」として財産に計上する必要があります。引き出したお金は葬儀費用で使用してしまったから残っていないので課税対象にならないのではないか、とお考えになる方も多いですが、あくまで相続税は相続開始時点の財産を見るため、その時点で残っているかどうかで判断されます。一方で、葬儀費用については相続税の計算上控除できますので、引き出した金額とピッタリ同額の葬儀費用を支払っていれば差し引きゼロで税額に影響は出ません。ただし、控除できる葬儀費用は限定されていて、例えば四十九日の法要の費用などは控除できないため、結果として財産として計上すべき現金と控除できる葬儀費用に差が出ることが一般的です。
このケースでは、田中さんは引き出したお金を財産として計上して申告していれば良かったのですが、そもそも「預貯金の払戻し制度」を使用すれば、焦って相続開始前にお金を引出す必要も無かったかもしれません。
預貯金の払戻し制度
2018年の民法(相続法)改正により、「預貯金の払戻し制度」が新設されました。従来は、相続された預貯金は遺産分割が完了するまで相続人単独では払い戻しができないこととされていました。これが改正により、2019年7月1日からは、一定額(※)までは単独で払い戻しを受けることができるようになりました。この制度を使えば、まだ遺産分割協議をしていない状態で預貯金口座が凍結されてしまった際に、葬儀費用などの急な出費や当面の生活費に備えることができます。
(※)払戻し可能額
相続開始時の預貯金債権の額(口座基準)×1/3×法定相続分
ただし、1つの金融機関からの払い戻し限度は150万円
(例)
・相続人は配偶者と長男、次男
・A銀行に1500万円、B銀行に2400万円の預金がある
<長男が払い戻しを受けられる金額>
A銀行 1500万×1/3×1/4(法定相続分)=125万円
B銀行 2400万×1/3×1/4=200万円 200万円>150万円 →150万円
相続開始前後のお金の動きは税務調査での重要調査ポイントです。お亡くなりになる直前に無理な引き出しをすることが無いよう、預貯金の払戻し制度の活用も検討しつつ、もし直前引き出しをした場合には、きちんと財産として申告するとともに、引き出したお金の使用用途等の記録を残しておくようにしましょう。