Aさん(70歳)は自宅の他にアパートと駐車場を所有しています。これまで収益不動産の管理や確定申告はAさんが自分で行ってきました。しかし、Aさんは最近気力や体力の衰えを感じており、奥様から物忘れを指摘されることも増えてきました。このようなAさんが仮に何も対策をしないまま、もしも重い認知症となってしまったら何が起こるでしょうか。
認知症が進み、ご本人の判断能力が不十分になってしまうと、ご本人が例えば収益不動産について新規の賃貸借契約、大規模修繕、建替え、売却などをすることができなくなってしまいます。賃貸管理そのものにも支障が生じることは勿論、将来に向けた相続対策を進めることも困難になります。
このような場合、家族は法定後見制度を利用することができます。しかし、法定後見制度における家庭裁判所の財産管理では、あくまで財産を保全することに主眼が置かれるため、例えば相続対策としてのアパートの建替えや売却等の処分をすることは事実上できなくなってしまいます。
そこでAさんと子供のうちの誰かがが、民事信託契約を結ぶという方法があります。公正証書によるのが一般的です。
- 「委託者」= 財産を預ける人(Aさん)
- 「受託者」= 財産を預かり管理・運用・処分する人 (例えば長男)
- 「受益者」= 財産の運用・処分で利益を得る権利を持つ人 (Aさん)
- 「信託財産」=アパート、駐車場、金銭の一部
このような信託が設定されると、受託者である長男が信託財産について財産管理処分権限を持つことになります。その後Aさんが認知症などで判断能力を失うことになったとしても、受託者である長男が新規の賃貸借契約、大規模修繕、建替え、売却等を行うことが可能です。
信託不動産については信託設定時に不動産の名義を受託者である長男に変更する必要があります。しかし、この例のように委託者と受益者が同じである場合は、信託設定時に贈与税や譲渡所得税が発生することはありません。
また、委託者兼受益者が亡くなった後も信託を継続させて、受益権の引継ぎをすることも可能ですし、遺言ではすることができない二次相続以降の資産承継先の指定ができる点も大きなメリットです。
認知症対策としての財産管理のための商品やサービスは相次いでおり、民事信託契約の他にも任意後見契約や信託銀行の各種商品など多くの選択肢があるのが現状です。しかし、年金収入と生活費や医療費等の支出だけを管理するのと、収益不動産の賃貸管理をするのには当然違いがあります。収益不動産をお持ちの方には民事信託契約が重要な選択肢となるでしょう。
実際にご本人の判断能力が不十分になってしまうと、法定後見制度を利用するか否か以外に選択肢はほぼなくなってしまいます。ご本人が「まだまだ元気」なうちに、司法書士、弁護士、税理士等の専門家にご相談されることをお勧めします。