認知症対策としての民事信託 元気なうちにすべき対策

日本が高齢者社会と呼ばれるようになって久しいですが、長生きにもリスクがあります。加齢は認知症の最大因子です。厚生労働省によれば、認知症の65~69歳での有病率は1.5%ですが、以後5歳ごとに倍に増加し85歳では27%に達します。現時点で、日本の65歳以上の高齢者における有病率は8~10%と推定されており、2025年には65歳以上で5人に1人が認知症になると推計されています。寿命が延びても、必ずしも健康を維持できるとは限らないのです。

何の手立てもないまま認知症の症状が重くなると、意思決定ができなくなり、本人のする行為がことごとく法的に認められなくなります。預金を解約することも、遺言を書くことも、誰とも契約を結ぶこともできません。資産は凍結されたも同然です。困りはてるのは家族です。

ご本人が認知症を発症して意思能力を失った場合、家族は法定後見制度を活用することができます。

4親等以内の親族の申し立てにより家庭裁判所は、資産を管理する成年後見人等を選任します。後見人は、資産が多いと司法書士や弁護士などの第三者が選ばれるケースが多く、本人の保護を目的として資産を管理します。しかし、資産の管理についてはあくまで財産を保全することに主眼が置かれるため、例えば資産を売ったり又は贈与したりというような、投資的な運用や家族のための税金対策などは一切できません。

現在、資産承継上の認知症対策として注目が集まっているのが「民事信託」です。

信託の基本的な仕組みは「委託者」「受託者」「受益者」からなります。信託銀行等の事業者や司法書士、弁護士ではなく、営利を目的としない親族等が受託者となり、委託者の資産を管理・承継する手法が、特に「民事信託」又は「家族信託」と呼ばれています。

  • 「委託者」=財産を預ける人(例えば父)
  • 「受託者」=財産を預かり管理・運用・処分する人(例えば長男)
  • 「受益者」=財産の運用・処分で利益を得る権利を持つ人(例えば父、父死亡後は母)

民事信託であれば、資産運用は信託契約で定めた「目的」の範囲内で受託者に一任できます。信託契約締結後に委託者が認知症を患って意思能力を失ってしまったとしても、引き続き受託者による積極的な資産運用が可能です。成年後見制度は被後見人等が亡くなった時点で終了しますが、家族信託は委託者が亡くなった後も信託を継続できます。受益者の死亡後に受益権の引き継ぎをすることも可能ですし、遺言ではすることができない二次相続以降の資産承継先の指定ができる点も大きなメリットです。

注意しなければいけない点もたくさんあります。例えば、受託者を誰にするべきか。信頼できる家族がいなければ受託者を定めることができません。信託の内容が正しく実行されているかを監督する信託監督人を設定すべきケースもあります。ご本人の希望だけでなく、将来相続人となる方々から理解を得るために、家族間でしっかり話し合いをすることも不可欠です。

最も大切なことは、複雑になることもある信託契約の趣旨や内容を、委託者本人がきちんと理解できるうちでなければ受託者等と契約を交わすことができない、ということです。認知症を発症してからでは、このような制度を利用することはとてもできません。

「まだまだ元気」なうちに、司法書士、弁護士、税理士等の専門家にご相談されることをお勧めします。

SNSでもご購読できます。

人気の記事